何も変わろうはずがない
それなりに齢も重ねてきた。
社会人経験も恋愛経験も相応に重ねてきた。
人間関係に疲れ果てて、人が嫌いになって、そしてセカンドライフという仮想世界に入り込んだ、単なる暇つぶしのために。
人と触れ合いたかったわけではない。
恋愛をしたかったわけでもない。
より正確に言えば、どちらもしたくなかった。
この三行は美夕さんも全く同じだ。
唯一俺と彼女が違うのは、彼女はリアルでいつも人に囲まれていて、恋愛でも仕事でも満たされていて、単に自分が好きにデザインしたSIMを提供したいからセカンドライフで遊んでいるに過ぎない点だ。
「単なる遊び」と「単なる暇つぶし」、他者に求めるものが無いという点は共通している。
しかし、求めてはいなくとも、予期せずとも、気を惹く魅力的なものに出会ってしまったら、「単なる暇つぶし」などという目的は吹き飛んでしまう。
「他に目を向けたら」とか「他の楽しみを見つけたら」みたいなことを言う人もいる。
出会いと別れは云々などと的外れなことを知った顔で宣う人もいる。
それが、何か?
知見を広げたくて始めたわけではないし、楽しみを見つけるために始めたわけでもない。
彼女と会えて、言葉を交わして、彼女の言葉で生きる希望が持てた。
彼女の口添えで望むべくもない転職も叶った。
感謝しても仕切れない。
この感謝の気持ちが消えないのと同じく、彼女を好きな気持ちも消えない。
パートナーでなくなっても、何も変わらない。
ただひとつ、残念なのは、自分に勝てなかったことだ。
アバターの先にいる彼女のリアル、容姿と声の記憶に魅せられた自分を抑え付けられなかったことだ。
彼女が何故セカンドライフをやっているのか、その世界の中でどうして恋愛ができる(ただ人の想いに応えているだけかもしれないが)のか、その答えを俺は知っているはずなのに。
彼女はリアルワールドとインワールドを明確に切り分けられているからだ。
満たされきっている彼女のリアルワールドには、もはや侵入できる隙間は無い。
十分わかっていたはずなのに、無理強いをしようとした自分のバカさ加減に呆れる。
パートナーシップは失った。
しかし、変わらずに彼女は俺の前に存在してくれる。
変わらぬ言葉を返してくれる。
失ったものは何もない。